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zoom RSS フルスト原遺跡

<<   作成日時 : 2010/02/19 21:41   >>

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画像 「フルスト原遺跡(ふるすとばるいせき)」
は石垣空港の北側に隣接する遺跡で、
石塁と呼ばれる城(グスク)のような形態を
した城壁が複数残っており、15世紀八重山
の居住場所であったとされています。



◆行き方
フルスト原遺跡は石垣市大浜にあります。
東バスの「白保線」に乗り、「大浜」で下車して徒歩15分ほど
です。バスターミナルから大浜バス停までは約20分です。
バスを降りた道沿いの前方、または後方の両方に「フルスト原
遺跡入り口」の案内板があります。
なお、場所は滑走路のすぐ北側にあるので空港から直線距離
は近いですが、空港ターミナルビルからはかなり大回りする
必要があるので空港から歩くとちょっと距離があります。
(片道徒歩30分くらい)


石垣空港の滑走路は国内のジェット機が就航する空港の中
では最も短い1,500mしかなく、着陸時には逆噴射による
急減速でいつもひやひやさせられます。

滑走路を延長できないのかなぁ。。などと思いながら飛行機に
乗って眺めてみると、確かに南側にはMaxvalueやサンエーなど
が集まった石垣島随一の商業エリアが迫っていて無理と分かり
ますが、反対の北側にはうっそうとした森林が広がっていて、
これを切り崩せば延長できるのでは。。などと勝手に思って
いました。
でも実はこの森林部分にあるのが「フルスト原遺跡」で国の
史跡にも指定されるほど重要な遺跡のため、滑走路延長は
無理なのだそうです。

この「フルスト原遺跡」は、以前に「八重山の歴史」の中でも
書いた、15世紀に八重山諸島を支配した豪族・オヤケアカハチ
の居住地であったと言われています。

遺跡は15〜16世紀に造られたものと考えられており、南北
900m、東西1,400mもあって、その中は「石塁」と呼ばれる
いくつかの区画に分かれています。
「石塁」は琉球石灰岩を野積みした城壁で囲まれていて、沖縄
本島でみかける城(グスク)に似ていますが、高さは1〜2mくらい
しかなく、敵から守るためのものではなかったようです。

そして、遺跡内からは八重山焼や中国の青磁や白磁などの
陶器類が発見されていますが、「対人間」のための武器類は
見つかっていないことから、戦いの防御的な「城」というよりは
屋敷や家屋が立ち並んでいた居住地域と考えられています。

そう考えると15世紀頃の八重山の暮らしぶりを知る上でも
重要な遺跡だと思うのですが、知名度はあまり高くなくて訪れる
人はほとんどいないようで、私も誰にも出会いませんでした。。
道路の案内標識などはほとんどなく、また遺跡を説明するもの
も何も整備されていない状態なので致し方ないところですが、
最近になってよくやく公園化のための整備がはじめめられたよう
なので注目したいところです。。

石垣島というとどうしても川平湾や玉取崎などのように美しい
海の風景ばかりを思ってしまいますが、こういった歴史的史跡
も整備することで観光の幅が広がってくるという気がします。。

まぁでも、人が少ない方が静かでゆっくりと散策できてよいの
ではありますが。。。



■フルスト原遺跡入り口
 フルスト原遺跡に入る道です。小さい案内板なので見落として
 しまいそうです。
画像



■遺跡への道
 遺跡へと続く道です。途中はさとうきび畑などの田畑の風景
 がひろがっています。案内板から5分ほどで城壁が見えて
 きます。
画像



■石塁群
 そして遺跡に到着です。フルスト原遺跡であることを示すもの
 は何もありませんが。。
 石塁と呼ばれる城壁が幾重にも重なっていて圧巻です。
 思っていた以上に綺麗に復元されていて見応えのある風景
 でした。
画像



■一号石塁
 手前にあるのが1号石塁、奥に見えるのが3号石塁です。
 一応手書きの番号板が立っていますが、消えかかったり
 しているものもある状況でした。それ以外には遺跡を説明する
 ものはないので、どこに何号石塁はあるのかわかりません。。
画像



■三号石塁
 石塁には入り口と思われる城壁がない部分があって、中に入る
 こともできます。ただ、どの石塁も中は草むらが広がっている
 だけで何もありません。
 かつては居住のための建造物が建っていたと思われます。
画像



■上空を飛び立つ飛行機
 石垣空港の滑走路の延長線上にあるので、時々、飛行機が
 轟音を上げながら真上を通過して飛び立っていきます。
画像



■4号石塁
画像



■10号石塁
 道を挟んだ反対側には10号石塁があります。どのような
 順番で番号が付いているのかわかりませんが、飛び番に
 なっています。復元されていない石塁があるものと
 思われます。
画像



■原生林
 いくつかの石塁が並んでいる場所を過ぎると道はうっそうとした
 森林の中に入っていきます。まだ石塁があるのか分かりません
 が、とりあえず先に進んでみます。
画像



■5号石塁
 やっぱりありました。5号石塁です。ここはかなり雑草が深く茂って
 いて城壁の中に入るのも大変な感じでした。
 途中の原始林の中には復元されていない石塁らしきものが
 いくつかあったので石塁の数はかなりありそうです。
 15号石塁なんていうのもありました。
画像



■石塁の内側 御嶽?
 5号石塁の内側の様子です。草ボウボウで大小の岩が散乱
 していてかなり荒れ放題な感じです。奥に進めませんでしたが、
 信仰の場である「御嶽(うたき)」と思われるような場所も
 ありました。その先の眼下には宮良川や宮良湾が広がって
 いて、よい眺めのようです。この風景を英雄・オヤケアカハチも
 見ていたのかと思うとちょっと感慨深いものがあります。
画像





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