首里(しゅり)城

画像まずは沖縄観光スポットの定番である
「首里(しゅり)城」に行ってきました。
首里城は琉球王国を象徴する城です。



◆行き方◆
首里城は那覇市首里金城町にあります。モノレール(ゆいレール)
の終点、首里駅から徒歩15分くらいで城の入り口である守礼門
に着くことができます。首里駅前からさらにバスに乗って「首里城
公園入口」まで行けば3分くらいで門に着きます。
バスは1系「首里牧志線」、8系「首里城下町線」、17系「石嶺
(開南)線」、および46系「糸満西原(鳥堀)線」が通っています
ので10分も待てばどれかがやって来ます。運賃は220円です。
なお8系に乗れば、さらに近くの「首里城前」まで行けて運賃も
特別料金の150円なのでお得です。
旭橋の那覇バスターミナルからバスで行く場合は46系がバス
ターミナル始発です。県庁前駅からは1系で行けます。小禄駅
と赤嶺駅は17系のバスが通ります。いずれも市内均一料金で
220円です。



琉球王国は今から約580年前の1429年に成立し、廃藩置県後
の1879年の琉球処分によって消滅するまでの約450年間に
渡って存在した王制の海洋王国です。その政治・経済・文化の
中心となったのが首里城です。

首里城がいつ誰によって築城されたかははっきりとしていませんが
発掘調査などによって14世紀後半には存在していたと考えられて
います。14世紀には各地に按司(あじ)と呼ばれる地域の支配者が
いて対立を繰り返していて、大きく三つの国(中部の「中山」、南部
の「南山」、北部の「北山」)にまとまっていきました。
そんな中で南山の佐敷按司であった尚巴志(しょうはし)がまずは、
1406年に中山王であった武寧(ぶねい)を滅ぼし、父である尚思紹
(しょうししょう)を中山王につかせて基盤を固めます。これが琉球
王朝の元である「第一尚氏(だいいちしょうし)」王朝の始まりとされて
います。
「第一尚氏」という呼び方は琉球王国の王家の通称で、「尚」という
名字なので本来は「尚氏」でよいのですが、その後に金丸(かなまる)
のクーデターによって政権交代が行われたのですが、のちに金丸も
同じ「尚」という名字を名乗ったため、それ以降の王朝と区別するために
「第一尚氏」王朝と呼びます。クーデター以降は「第二尚氏」王朝です。

「第一尚氏」王朝は中山を制圧した後、1416年に北山王であった
攀安知(はんあんち)を滅ぼし、さらに1429年に南山王であった
他魯毎(たるみ)も滅ぼして「琉球王国」としての三山統一を果たし、
その後、中国をはじめ日本、朝鮮、東南アジア諸国との外交・貿易を
進めて海洋王国へと発展していきました。

首里城はそんな「琉球王国」の国王と家族が居住する「王宮」で
あるとともに、王国統治の行政機関である「首里王府」の本部でも
ありました。また各地に配置された神女(しんじょ)たちを通じて
王国祭祀(さいし)を運営する上の拠点でもありました。
つまりは首里城は政治、経済、文化芸能などのあらゆる分野の
中心地だったようです。

なお首里城は2000年に『琉球王国のグスク及び関連遺産群』
の1つとして世界遺産に登録されていますが、その対象は、「首里
城跡」であって遺構部分のみです。首里城の多くの建物や城壁は
沖縄戦によって焼失してしまい戦後に再築されたもので、これらは
対象ではないそうです。確かに登録名は「首里城跡」であって
「首里城」ではないですね。。世界遺産に登録されている他のグスク
も 「~城跡」となっています。

この「グスク」というのは本土の人にとっては耳慣れない言葉ですが、
通常は「城」という字をあてて表現されています。「グ」が「石」、
「スク」が「囲った場所」という意味であって、本土の人間がイメージ
する「城」とはちょっと違った意味合いのもののようです。
もともとグスクは、石で囲まれた「聖域」として人々の信仰の対象で
あったとされていて、そこが集落として発展して城郭に発展したもの
もあると考えられています。したがって城郭のないグスクもたくさん
あるそうです。

前置きが長くなってしまいましたが首里城の施設を紹介していきます。

■守礼門(しゅれいもん)
 守礼門は首里城の城郭を構成する一門ですが、正確には城外に
 建つ門だそうです。正式名称は「上の綾門」(うぃーぬあいじょう)
 と言います。
 首里駅から歩いてくると途中に久慶門や歓会門などの城内門の
 脇を通るのでちょっと回り道をする形になりますが、守礼門から
 城内に入るのが正しいルートだそうです。。
 守礼門といえば2000円札の絵柄にもなっていて、とても有名な
 門なのですが、一般道路から続く普通の道にぽつんと建っていて
 意外にあっけない感じがします。。。で調べてみたら、「日本3大
 がっかり名所」のひとつなのだそうな。。。ありゃ。。
 でも、じっくりみるとなかなか趣のある門です。。
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■守礼門2
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■守礼門3
 城内側からみたところです。
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■歓会門(かんかいもん)
 歓会門は首里城の城郭(じょうかく)内へ入る第一の正門で、歓会
 (かんかい)とは「歓迎する」という意味です。門の左右にシーサー
 がいて門を守ってます。
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■歓会門2
 城内側からみたところです。
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■瑞泉門(ずいせんもん)
 瑞泉門は歓会門を入った先にある2番目の門で、門の手前右側に
 湧水があるので「立派な、めでたい泉」のある門という意味なのだ
 そうです。よくみると歓会門のようにアーチ型の石門ではなく、2つ
 の石門の上に直接櫓(やぐら)が乗っかっている形の門です。
 わかりにくいですが、ここにもシーサーがいます。
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■広福門(こうふくもん)
 広福門の広福(こうふく)とは「福を行き渡らせる」という意味で、
 この門の別名は「長御門(ながうじょう)」といいます。歓会門から
 数えて第四の門に当たります。実はこの門の手前に「漏刻門
 (ろうこくもん)」があるのですが、修復工事中でシートが被されて
 いて観ることができませんでした。
 広福門は建物そのものが門の機能も持っていて不思議な形を
 しています。このような形の門があるもの首里城の城門の特徴
 なのだそうです。
 当時、この建物には士族間の財産をめぐる争いを調停する
 「大与座(おおくみざ)」と呼ばれる役所が置かれていたそうです。
 現在はこの門を入ったところが正殿への入場券売り場となって
 います。
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■奉神門(ほうしんもん)
 奉神門は正殿(せいでん)の前にある最後の門で、神を敬うという
 意味の門です。門には3つの入り口がありますが、特に中央の門
 は「奉神」の文字の扁額が掲げられていて、「国王」や中国からの
 使者であった「冊封使」(さっぽうし)などの身分の高い者のみが
 通ることができたとのことです。
 ここまでは無料で見学できますが、この門から先の正殿と御庭は
 有料でお金を払った者だけが、格式の高い中央の門から入ること
 ができます。
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■正殿(せいでん)/御庭(うなー)
 琉球王国時代の最大の建造物が正殿(せいでん)で「国殿」とも
 呼ばれていました。基本的には中国の紫禁城にある太和殿に
 似せて造られたといわれていますが、二層三階建てとしたことや
 装飾化した龍柱などは他では見られない琉球独自の建築スタイル
 なのだそうです。
 また御庭(うなー)は正殿前に広がる東西約40m、南北約44m
 の広場で赤と白の敷き瓦が敷きつめられているのが特徴的です。
 この縞模様の敷き瓦は、儀式の際に役人が位の順に並ぶ目印の
 役割をはたしていたのだそうです。そういえばこの線に沿って役人
 が座っている光景を中国の時代ものの映画などでよく見かけますね。。
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■久慶門(きゅうけいもん)
 歓会門が正門であったのに対し、「久慶門」は首里城北側にある
 通用門で、主に女性が使用していたといわれています。この門も
 歓会門と同じようにアーチ型の石門です。現在は城内見学者が
 城壁の外に出るための出口専用門となっています。
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■久慶門付近から歓会門方向
 出口となる久慶門の手前から、入ってきた歓会門方向を見たところ
 です。城壁がカーブしたところにあるのが久慶門でここから城外に
 出ます。正面に小さく見える門が歓会門で入城者は歓会門を
 くぐってこちらに向かって歩いてきて、左側にある瑞泉門へ登って
 いくことになります。左上の赤い屋根が瑞泉門です。守礼門は
 歓会門の向こう側にあってここからは見えません。
 ここからみると久慶門も歓会門もアーチ型の石門で上に櫓が
 のっている形式であることがよく判ります。
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■園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
 守礼門と歓会門の間にひっそりとあるのが、「園比屋武御嶽石門
 (そのひゃんうたきいしもん)」です。しっかり見ていないと通り
 過ぎてしまいそうな感じなのですが、実は首里城跡とは別に
 世界遺産として登録されている門なのです。
 御嶽(うたき)とは神の宿る神聖な場所を意味し、国王が外出する
 際に安全祈願をした礼拝所にあたります。門の形をしていますが
 人が通るためのものではなく、礼拝するための門だそうです。
 2000年に『琉球王国のグスク及び関連遺産群』の1つとして
 世界遺産に登録されています。
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■園比屋武御嶽石門2
 世界遺産であることを示す記念石碑が横にあります。
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■円鑑池/弁財天堂
 円鑑池(えんかんち)は首里城のすぐ横にあり、1502年に造られた
 人工池です。この池は首里城からの湧水や雨水が集まる仕組み
 になっています。弁財天堂(べざいてんどう)は円鑑池内に建って
 いて、航海安全を司る水の女神・弁財天を祀(まつ)っています。
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首里城
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