宮古諸島の歴史など

画像 昨日は日中晴れましたが今日はまた雨
となりました。朝から結構強い降りだったので
ホテルの部屋で写真整理などしながらまったり
と過ごしました。



宮古諸島は八重山諸島と同じように冬場は基本的に天気が悪く
曇天が続くそうです。ただ3月の中旬あたりになってくると晴れの
日が多くなるそうですが今年は遅れているようです。逆に1~2月
は晴れの日が多くてちょっと変な冬だとテレビで言ってました。
そんなわけで宮古諸島に関する歴史などをちょこっと調べてみました。

◆宮古諸島の古い歴史                     
宮古地方が文献に初めて登場するのは、中国の元時代の歴史に
ついて書かれた『元史』の『温州府誌』の中で「婆羅公管下密牙古人
(ブラコウカンカミヤコジン)」が温州に漂着したと記述されている
そうです。婆羅公(ブラコウ)とは現在の宮古島の保良(ぼら)地域を
統治していた豪族のことと言われており、宮古は「密牙古」と書かれて
います。宮古という名称は元々は「ミャーク」もしくは「ミヤク」と呼んで
いた音に対して当てられた漢字のようで、時代によって「密牙古」や
「麻姑」とも書かれています。その「ミャーク」や「ミヤク」の意味としては
単に「自分の住んでいる所」という意味なのだそうで、「ミ(自分)」
「ヤ(住んでいる)」「ク(場所・村)」をつなげただけのものです。

◆琉球王朝の歴史と宮古諸島                 
琉球王統の歴史の中では、1365年に与那覇勢頭豊見親(よなは
しいどぅとぅいみや)が中山王の察度(さっと)に入貢し、宮古首長を
拝命したという記録が残っています。入貢(にゅうこう)という言葉は
琉球の歴史の中でよく出てきますが、貢ぎ物を持って来て贈ること
で、これからもよろしくという親睦の挨拶の意味と、私はあなたの
配下や部下ですという上下関係の意味合いも含んでいたそうです。
つまり中山王に入貢したということは、ある意味ではすでに中山の
配下にあったということになります。
それにしても「与那覇勢頭豊見親」というのは長い名前ですね。。
実は名前の後ろに付いている「豊見親(とぅゆみや)」の部分は、
宮古各地に存在していた支配者につけられていた称号なのだそう
です。つまり「与那覇勢頭」というのが名前ということになります。

その後の1500年には仲宗根豊見親(なかそねとぅゆみや)が琉球
王朝の尚真(しょうしん)王が派遣した中山軍の先頭に立ち、八重山
で勢力を広げていたオヤケアカハチを討ち取ったと言われています。
これが「オヤケアカハチの乱」で「八重山の歴史」の中で述べた通り
です。この結果、宮古と八重山は琉球王朝の支配下に置かれること
になりました。

◆人頭税の苦しみ                         
1609年には薩摩藩が琉球に侵入し、琉球王府は重い納税に苦しんだ
ため、1637年に宮古・八重山に対して悪名高き「人頭税(にんとうぜい)」
を実施しました。人頭税は数え年15歳から50歳までの男女1人1人に
対して重い税を課したものです。与那国島でも「クブラバリ」という人頭税
対策の「悲劇の地」がありましたが、宮古島にも「人頭税石」という史跡が
残っています。この143cmの石と同じ背丈になると税が課せられたという
伝説が伝えられているものですが、実際には年齢による課税なので背丈
は関係なく、税の過酷さを示す象徴として残されているそうです。

◆明和の大津波                         
1771年に発生した「明和の大津波」では石垣島などの八重山地方に
大きな被害が出たことが伝えられていますが、少し離れた宮古諸島でも
大きな津波に襲われ、宮古島だけでも約2,500名の死者が出たそうです。
宮古島の南東にある「東平安名崎」に点在する岩や、伊良部島の北西に
ある「佐和田の浜」の点在する岩はこの時に運ばれてきた岩と言われて
います。


◆平良市街 

■平良(ひらら)の商店街
 宮古市平良(ひらら)の中心部にある「西里(にしざと)通りの様子
 です。市役所の裏通りにあたります。このあたりは商店街が続いて
 いて人も車も多い場所です。食事のできる店やハンバーガーショップ
 が揃っていて、コンビニも「ファミリーマート」と「ココストア」があって
 便利な場所です。商店街という意味では石垣島のフェリー乗り場周辺
 よりも店が多くて栄えているかもしれません。
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◆宮古島ガイドブック 
 宮古島には無料の観光ガイドブックが何種類かあり内容も充実
 していて1つ持っていると便利です。観光スポットや飲食店、お土産
 店の紹介なども豊富で地図や乗り物の時刻表などもついていて
 市販のガイドブックを買うよりも役にたちます。空港や港のターミナル、
 ホテルなどに置いてあるようです。
 石垣島にもこれと同じ表紙の「石垣島編」もあって石垣島の空港や
 離島ターミナルなどに置いてありました。石垣島や宮古島に着いた
 時にはまずこれをゲットすることをお勧めします。
 私はこの中の地図など
 
■宮古島のガイドブック
 何種類かあります。どれも似た感じですが微妙に違っていて、
 無料なのでついつい集めてしまいます。
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■石垣島のガイドブック
 見た目は似ていて同じ会社が作成しています。特に石垣島編は
 八重山の各離島の地図やガイドが充実しているので非常に役に
 立ちました。
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◆宮古空港あれこれ 
■宮古空港 ターミナルの外観
 宮古空港のターミナルビルは1997年に完成した新しいターミナルビル
 で地上3階建てになっています。宮古地方に秋に飛来してくる渡り鳥の
 「さしば」が羽を広げた様子をイメージしているそうです。また沖縄独特
 の赤瓦の屋根がとても印象的です。
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■宮古空港 ターミナルの花々
 宮古島に来た時にも書きましたが宮古空港はいたるところに花が
 植えられていて、とにかく美しいという印象の空港です。
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■宮古空港 ターミナルの売店
 空港の2階は出発ロビーになっていて売店なども揃っています。かなり
 広いスペースがあり、真ん中が吹き抜けになっているのでおしゃれな
 雰囲気です。1階しかなくて狭くて人がごちゃごちゃしているという印象
 の石垣空港と比べると広くて快適です。そういえば石垣空港も新空港を
 建設中ではありますが。。
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宮古島 平良市街
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