与那国島5-与那国いろいろ

画像与那国島5日目、今日も与那国は
小雨がぱらつく天気でした。




いよいよ明日は石垣島に戻ります。結局到着した日は快晴で夏の
ような暑さでしたが、それ以降は曇天か雨模様が続きました。
ただ気温は高めで最高気温は24度くらい夜も20度近くあるので
寒さはまったく感じませんでした。与那国の冬はこんな感じなのだ
そうなので、まあ致し方ないというところです。
今日は与那国に関連する話をいくつか。。


◆与那国島のバス                        
 今回は利用しませんでしたが与那国島では一応路線バスが
 走っています。日本で最西端の路線バスということになります。
 以前はヨナグニ交通が運行していましたが一旦廃止になり、
 2008年からは暫定的に最西端観光が引き継いで運行しています。
 島の三つの集落である祖納・久部良・比川を結んでいて一日7便
 走っています。そして料金は何と「無料」です。
 ただ、この路線バスはバス停が無かったり、あってもわかりづらい
 など観光客向けいうよりも地元の住民、特に学生のためのバスと
 いう感じが強いようです。実際に夕方に走っているバスを見ましたが
 小中学生で一杯でした。(ちなみに与那国島に高校はありません。。)
 また、例えば久部良郵便局前のバス停は久部良漁港の横の信号
 の近くにあるはずですが、バス停は見つけられませんでした。信号
 近くの道沿いに久部良始発のバスが停まっていたのでそこがバス停
 と思うのですが、そこに停留所らしきものは見あたりませんでした。
 したがって、バスを利用される場合は事前に確認した方がよいと
 思います。

■比川にあったバス停
 比川の集落で見かけたバス停らしきものです。一応時刻らしき
 ものが書かれています。これじゃわかりませんよねぇ。。。
画像



◆与那国の星空                          
 初日の夜だけでしたが与那国で見た満点の星空は感動的でした。
 特に南天に輝く「カノープス」が印象に残っています。りゅうこつ座に
 あるカノープスはシリウスに次いで全天で2番目に明るい星ですが、
 南緯51度にあるため、東京あたりでは地平線すれすれにしか
 上がらず見ることはほぼ困難な星です。そんなカノープスは自分に
 とっては小さい頃から「幻の星」でした。冬場に南に開けた夜空で
 よくカノープス探しをしたのを覚えています。
 今回沖縄にきて晴れた夜にカノープスをはじめてみた時、とても
 感動しましたが、与那国島で遠くに灯台の灯りしかない暗闇の中
 で明るく輝いているのを見た時、本当に感動を覚えました。
 カノープスは日本では「赤い老人星」と言われていますが、実際の
 カノープスは赤くはなくて白っぽい色でした。いつも地平線に近い
 ため赤くみえるのでそう呼ばれているようです。

 そして明け方まで粘って南十字星の上の3つの星まで見ることも
 できました。残念ながら十字の形までは確認することはできません
 でしたが日本で南十字星をみることができるとは夢にも思って
 いなかったので貴重な体験でした。日本でここまで見えるのは
 八重山諸島の南部だけです。


◆クブラバリの悲劇                        
 先日、「与那国の歴史」で琉球統一までの与那国の歴史について
 書きましたが、その後の時代においても悲しい出来事が多々ありました。
 薩摩侵攻によって多額の税を納めなければならなくなった琉球王府は
 宮古や八重山地方に対して、田畑の面積や収入に関係なく、年齢に
 より税を課す税制を1637年採用しました。これが悪名高き「人頭税」
 です。宮古諸島や八重山諸島にはこの「人頭税」にまつわる悲話や
 史跡が数多く残っていますが、与那国島にある「クブラバリ」もその
 1つです。

 「クブラバリ」は「久部良割り」と書くように久部良港近くの岸壁の岩場
 にある岩の割れ目です。与那国村では残酷な人頭税に苦しみ、人口
 削減の対策として年に一度、妊婦をここに集めてこの岩の割れ目を
 飛び越えさせたそうです。幅3mの割れ目は健康な人でもやっと
 飛び越えられるかどうかの幅で、多くの妊婦は深さ7mの割れ目に
 落ちて死に、飛び越えられた人も流産したそうです。
 そんな人頭税制度は明治時代後半の1903年まで続いていたと
 いうことですから驚きです。今から100年ちょっと前の出来事です。

■クブラバリ
 写真ではわかりにくですが幅は3mあり、飛び越すのはちょっと
 ためらうくらいの幅です。深さは現在は3~4mくらいですが当時は
 7mあったそうで落ちたら即死です。
 
画像
 

■クブラバリ付近の海
 このあたりは火山岩のごつごつした岩場が続きますが綺麗な
 海が広がる風光明媚な場所です。ここに集められた妊婦たちが
 どのような気持ちでこの海を眺めていたのか、また飛ばせた人たち
 がどのような気持ちでいたのかを思うと悲しく心が痛みます。
画像



■おまけ-根室のガイドブック
 ペンションの部屋には根室のガイドブックが置いてありました。
 お客の誰かが置いていったのか、オーナーが置いているのかは
 判りませんが、「日本最西端の地」と「日本最東端の地」という
 ことで「端」と「端」の繋がりですね。。なかなか乙な計らいです。
画像



与那国島久部良
画像



この記事へのコメント