フルスト原遺跡

画像 「フルスト原遺跡(ふるすとばるいせき)」
は石垣空港の北側に隣接する遺跡で、
石塁と呼ばれる城(グスク)のような形態を
した城壁が複数残っており、15世紀八重山
の居住場所であったとされています。



◆行き方
フルスト原遺跡は石垣市大浜にあります。
東バスの「白保線」に乗り、「大浜」で下車して徒歩15分ほど
です。バスターミナルから大浜バス停までは約20分です。
バスを降りた道沿いの前方、または後方の両方に「フルスト原
遺跡入り口」の案内板があります。
なお、場所は滑走路のすぐ北側にあるので空港から直線距離
は近いですが、空港ターミナルビルからはかなり大回りする
必要があるので空港から歩くとちょっと距離があります。
(片道徒歩30分くらい)


石垣空港の滑走路は国内のジェット機が就航する空港の中
では最も短い1,500mしかなく、着陸時には逆噴射による
急減速でいつもひやひやさせられます。

滑走路を延長できないのかなぁ。。などと思いながら飛行機に
乗って眺めてみると、確かに南側にはMaxvalueやサンエーなど
が集まった石垣島随一の商業エリアが迫っていて無理と分かり
ますが、反対の北側にはうっそうとした森林が広がっていて、
これを切り崩せば延長できるのでは。。などと勝手に思って
いました。
でも実はこの森林部分にあるのが「フルスト原遺跡」で国の
史跡にも指定されるほど重要な遺跡のため、滑走路延長は
無理なのだそうです。

この「フルスト原遺跡」は、以前に「八重山の歴史」の中でも
書いた、15世紀に八重山諸島を支配した豪族・オヤケアカハチ
の居住地であったと言われています。

遺跡は15~16世紀に造られたものと考えられており、南北
900m、東西1,400mもあって、その中は「石塁」と呼ばれる
いくつかの区画に分かれています。
「石塁」は琉球石灰岩を野積みした城壁で囲まれていて、沖縄
本島でみかける城(グスク)に似ていますが、高さは1~2mくらい
しかなく、敵から守るためのものではなかったようです。

そして、遺跡内からは八重山焼や中国の青磁や白磁などの
陶器類が発見されていますが、「対人間」のための武器類は
見つかっていないことから、戦いの防御的な「城」というよりは
屋敷や家屋が立ち並んでいた居住地域と考えられています。

そう考えると15世紀頃の八重山の暮らしぶりを知る上でも
重要な遺跡だと思うのですが、知名度はあまり高くなくて訪れる
人はほとんどいないようで、私も誰にも出会いませんでした。。
道路の案内標識などはほとんどなく、また遺跡を説明するもの
も何も整備されていない状態なので致し方ないところですが、
最近になってよくやく公園化のための整備がはじめめられたよう
なので注目したいところです。。

石垣島というとどうしても川平湾や玉取崎などのように美しい
海の風景ばかりを思ってしまいますが、こういった歴史的史跡
も整備することで観光の幅が広がってくるという気がします。。

まぁでも、人が少ない方が静かでゆっくりと散策できてよいの
ではありますが。。。



■フルスト原遺跡入り口
 フルスト原遺跡に入る道です。小さい案内板なので見落として
 しまいそうです。
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■遺跡への道
 遺跡へと続く道です。途中はさとうきび畑などの田畑の風景
 がひろがっています。案内板から5分ほどで城壁が見えて
 きます。
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■石塁群
 そして遺跡に到着です。フルスト原遺跡であることを示すもの
 は何もありませんが。。
 石塁と呼ばれる城壁が幾重にも重なっていて圧巻です。
 思っていた以上に綺麗に復元されていて見応えのある風景
 でした。
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■一号石塁
 手前にあるのが1号石塁、奥に見えるのが3号石塁です。
 一応手書きの番号板が立っていますが、消えかかったり
 しているものもある状況でした。それ以外には遺跡を説明する
 ものはないので、どこに何号石塁はあるのかわかりません。。
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■三号石塁
 石塁には入り口と思われる城壁がない部分があって、中に入る
 こともできます。ただ、どの石塁も中は草むらが広がっている
 だけで何もありません。
 かつては居住のための建造物が建っていたと思われます。
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■上空を飛び立つ飛行機
 石垣空港の滑走路の延長線上にあるので、時々、飛行機が
 轟音を上げながら真上を通過して飛び立っていきます。
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■4号石塁
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■10号石塁
 道を挟んだ反対側には10号石塁があります。どのような
 順番で番号が付いているのかわかりませんが、飛び番に
 なっています。復元されていない石塁があるものと
 思われます。
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■原生林
 いくつかの石塁が並んでいる場所を過ぎると道はうっそうとした
 森林の中に入っていきます。まだ石塁があるのか分かりません
 が、とりあえず先に進んでみます。
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■5号石塁
 やっぱりありました。5号石塁です。ここはかなり雑草が深く茂って
 いて城壁の中に入るのも大変な感じでした。
 途中の原始林の中には復元されていない石塁らしきものが
 いくつかあったので石塁の数はかなりありそうです。
 15号石塁なんていうのもありました。
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■石塁の内側 御嶽?
 5号石塁の内側の様子です。草ボウボウで大小の岩が散乱
 していてかなり荒れ放題な感じです。奥に進めませんでしたが、
 信仰の場である「御嶽(うたき)」と思われるような場所も
 ありました。その先の眼下には宮良川や宮良湾が広がって
 いて、よい眺めのようです。この風景を英雄・オヤケアカハチも
 見ていたのかと思うとちょっと感慨深いものがあります。
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